防災アプリの開発
震災復興祈念公園のコミュニティデザインの仕事に携わってから5年。知人の紹介で、地震と関連するプロジェクトの仕事に再び関わることになった。依頼先の企業は、2010年に緊急地震速報アプリをリリースしたIT企業。2011年には東日本大震災が発生して地震への関心が高まったことで、かなりの数の人たちがこのアプリをインストールした。その当時、街中にいて地震が発生すると、まわりにいる人たちのスマートフォンから、このアプリの通知音が一斉に流れる、というくらいに一般化した。
現在では、iPhone/Androidや通信事業者が行政と連携することによって、震度4以上の地震の予報や、大雨などによる避難勧告が発表されると警報音が鳴る仕組みがあらかじめ実装されており、日本に限らず海外でもその地域の警報などが通知される。また大手IT企業も類似の機能を持ったアプリをリリースしている。この緊急地震速報アプリが開発されてから8年が経ち、いまだに根強いファンを抱えるこのアプリ。今後このアプリをどのようにしていくべきか、また企業として防災という事業領域に継続的に取り組んでいく上で何をすべきか、というのが当初の相談内容だった。そこでまずは3ヶ月、今後の方針を社内の関係者と一緒に検討するという仕事として引き受け、災害発生時の体験を構造的にまとめた「ジャーニーマップ」や、防災に関わるプレイヤーを整理した「アクターズマップ」などを作成し、議論を進めた。その結果、地震だけでなく大雨や噴火など様々な災害に対応した「総合防災アプリ」を開発しようという方針が固まった。社内の特別チームが結成され、どんなユーザ体験を提供すべきかを検討して基本設計を行い、社内外の開発者やUIデザイナーと共に、新アプリを開発して発表した。私もチームの一員として2年以上、共に働いた。
防災という領域における最大の課題は「無知」と「無関心」である。日本では2011年の東日本大震災で2万人以上の人が命を落とし、現在でも世界各地で毎年のように地震が起きて何万人もの人が地震で命を落としている。大雨でも逃げ遅れた人たちが命を落とす光景を、日本でも、世界各地のニュースでも、毎年のように見ている。しかし、そういった天災が自分の身に実際に降りかかる確率は低い。だから実際に災害が起きた時、自分は大丈夫だろうと思い込むあまり的確な判断が下せず、ちょっとした判断ミスで人はあっけなく死んでしまう。それが「無知」と「無関心」である。私の親戚4人もそうだった。東日本大震災が起きた直後、4人のうち2人は自宅で倒れた家具などを片付けしていて津波に飲み込まれてしまい、もう2人は近くの小学校に避難したのだがその小学校の海抜が低すぎてやはり津波にさらわれてしまった。あと10分早く行動を始めていれば、あと数百メートル先の高台まで歩いていれば、助かった命なのに。
新アプリでは、地震だけでなく、大雨や噴火などの各種災害に対応すると共に、自分のいる場所で今現在どんなリスクがあるかが一目で分かる機能、在宅時に災害が起きたらどう行動すればいいかをあらかじめ登録してシミュレーションできる機能、家族で安否を確認し合う機能などを開発した。このアプリをインストールして、年に1回程度見直すようにすれば、災害時の生存率はかなり高くなるだろう。ただ、このアプリは、他のアプリと違って災害が発生しなければほとんど出番がない。出番がないのは平和な証拠だけれど、本当に出番が数ヶ月ないと、持ち主はインストールしたことも忘れてしまうかもしれない。そして災害が身近に起きなければ、地震や大雨の怖さもそのうち記憶の彼方に過ぎ去ってしまう。最大の関心は「無知」と「無関心」。この企業は今でもハードルの高いこの人類的課題と向き合い、IT技術を駆使しながらサービスを改善し、来たる災害に備えている。