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2018年〜

ニュータウン御嶽講

私は東京の郊外、田園都市線という鉄道沿線のニュータウン(新興住宅街)で生まれ育った。東急グループが開発した街並みで、こぎれいな駅を降りると目の前には東急ストアがあり、その奥には閑静な住宅街が続いている。会社勤めの家族が多く暮らしていて、会社員は日中は都心で働いて寝るためだけに帰ってくるので「ベッドタウン」などと揶揄されていた。若い頃の私は、ニュータウンの街並みを見るたびに、どの駅に降りても同じような風景ばかりで特徴のない「つまらない」ところだなぁと思っていたし、私にとっては歴史や文化が感じられない場所だった。

中学から大学生にかけては部活や研究が忙しくて夜寝るためだけに地元に帰り、就職後は仕事に忙殺されて会社に近いアパートに移り住んだ。20代で取り組んだアート作品の制作は、小倉・高松・静岡など、地方を舞台にしたアートプロジェクトが多く、制作過程ではその地域の歴史を知り、地域で暮らす人たちとの新たな出会いがあった。でも、自分の育った地元の歴史については何も知らないし、近所の人とも話すことはない。私には「地元」や「ふるさと」と呼べる場所はないのかもしれないな、と感じていた。そんなときに友人に薦められて読んだのが、小倉美恵子さんの「オオカミの護符」という作品だった。

東京近郊の農家で古くから続く「御嶽講」の風習を辿る作品で、彼女自身が書いた書籍と、監督の由井英氏と共同制作した映画という2つの形式で作品発表されていた。御嶽講は、奥多摩にある「武蔵御嶽神社」に巡礼するための地域の集まりである。毎年春にまずグループの中から代表数名が奥多摩に行ってお札をもらってくる。そして冬になると、今度は神社の神主さんが集落の各家を廻ってお札を渡す。五穀豊穣や盗賊除けに御利益があると云われており、農家の玄関や納屋などにはこのお札が貼られている。江戸時代に広まった風習で、自由な移動が禁じられていた当時の庶民にとって、神社の巡礼は観光旅行を兼ねていたようである。元々農家の風習だったので、都市化に伴って参加者は減少し、既に解散してしまった講も多数あるが、活動を続けている講もある。地域の風習を調べていくうちに、御嶽講の風習以外にも、初午、獅子舞、庚申待、地神講など、1年を通じて様々な風習があることを知った。初詣や盆踊りは知っていたけれど、自分の住む地域にもこんなにも多くの風習があったのかと驚いた。

一方で、新興住宅街の住民というのは、地域に古くから住む方々との距離があり、御嶽講のような農家の風習に参加することは難しい雰囲気がある。また私自身は、地元で仕事や子育てもしていないので、そもそも自治会やPTAといった住宅街の地域活動との接点もない。自分が育った街に愛着がないわけではないけれど、仕事や家族の関係で地元にいないことも多いので、地域のミーティングや行事に定期的に出ないといけないとなったらそれも負担が大きい。結果として、地元とのつながりは希薄になってしまう。

でもそんな私でも、御嶽講という風習であれば、何か関われそうな気がした。まず基本的な参加の仕方は、神社から春と冬にお札をもらうだけでいい。お札は家に祀るのでもいいが、私はパソコンを使った仕事が多いので、五穀豊穣や盗賊除けを現代的に解釈してパソコンに貼るのもいいだろう。春に武蔵御嶽神社に参拝して講のメンバーと親睦を図れればより意義深いものになるだろうけれど、足を運ぶ時間がなければZOOMなどを使ってオンライン参加できるようにしたらどうか。それができれば、もしメンバーが海外転勤になってもリモートで参加してもらうことができる。そうやって、現代人のライフスタイルに合わせた新しい「御嶽講」があってもいいのではないだろうか。

私は地域の知り合いに声をかけて「ニュータウン御嶽講」という新たな講を立ち上げようと思う。御嶽講の現代版を自分たちの手で作り、これまでの風習を学びながら今の時代に応じた形にしていくことで、現代人が関わり合いを持てる、そして今後も続けられる新たな「風習」が生まれるのではないかと思っている。そして、歴史を受け継いできた地域の方々とも、共に御嶽講に携わるメンバーとして、良い関係を築いていけるのではないかと考えている。