ストーンサークル、 生と死を分かち合う
石を円形状に並べた古代遺跡「ストーンサークル」。 世界各地で類似する配置の遺跡が発見されている。夏至や冬至の太陽の方角に合わせて建造されたものも多く、太陽信仰や死者に関する儀式が行われていたと考えられている。 イギリスでは多数発見されており、知名度の高い「ストーンヘンジ」や、世界最大とされる「エーヴベリー」のストーンサークルなど、各地で数多くのストーンサークルが見つかっている。調査によればストーンサークルは今より5,000年から3,000年前に作られたものが多いが、中には数百年前に作られたものもある。ストーンサークルの目的は諸説あって、専門家のあいだでも意見が分かれている。また古代ケルト人のドルイド教を復活させてお祈りする人たちまでいて、ミステリー&スピリチュアルな雰囲気に包まれている。
日本では北東北から北海道にかけて、大型のストーンサークルが分布しており、日本最大とされるのは秋田県鹿角市の「大湯環状列石」。小型のものは日本各地にあるようで、私の生まれ育った東京都町田市にも、田端環状積石遺構と呼ばれるストーンサークルが発見され、今でもレプリカが展示されているし、昔はあったけど宅地開発で壊されてしまったものもあるという。
私はイギリスに留学していたので、イギリスのストーンサークルのことは知っていたのだが、日本に帰ってきて調べたところ日本にもストーンサークルがあるんだということが分かって驚いた。なぜこんなに離れたところで同じような構造(考え方)の構造物が作られたのだろう。このように遠く離れた土地であっても文化的に伝播していったのか、それとも人間は誰でも石を円形状に並べたがる性質があるのだろうか。
私は世界各地に散らばるストーンサークルのことを知って、もし5,000年前に、その当時の世界の人たちが同じように太陽に向かってお祈りしていたとしたら、どんなに素晴らしいことだろうと妄想した。現在でも、宗教や民族をめぐる紛争が各地で起きていて、憎しみの連鎖によって解決の糸口はまったく見えないけれど、もし5000年前は、人類みな同じ宗教のもとで生きていたとしたら、と思うと、まだ少しは望みがあるんじゃないかと思えた。そして、元旦や山登りのときなどに、なんとなくありがたい気持ちで見てきた「日の出」と、お墓参りのときになんとなく拝んでいる墓石のことを思い出した。
太陽があるから様々な植物が成長できて、動物はその恩恵に預かって繁栄できる、だから太陽はありがたい、という気持ちは感覚的に分かる。石は何百年経っても形が変わらないので、死んだ人の肉体が朽ちても魂は永遠に石に宿るということが感覚的に分かる。歴史やアイデンティティといった複雑な事柄よりも、もっと原始的(プリミティブ)な感覚を通じて、私たちは民族や国境を越えることができないだろうか。民族や宗教が違っても、私たちがが感じることは、本当は極めて似ている。太陽と石や、自然の恵みを受けながら人が生きることや、やがて人は死を迎え大切な人の死の前には必ず悲しみがあるということ。同じであることはは、当たり前すぎて目新しさがないし、似たもの同士が集まるとどうしても差異や差別に注目してしまいがちになる。だからこそ人はみな「同じ感情を持つ」ということを感じられる体験が必要なのだと思う。
古代の人たちがなぜストーンサークルを作ったのか、現代の私たちには分からないけれど、なぜ作ったのだろうかと考えることを通じて、現代人が民族や国境を越えて、同じ感情を分かち合うにことについて考えたいと思っている。2021年に制作された作品「還りたい、還りたくない」は、このプロジェクトの一環として実験的に制作され、現在でも毎年4月に墓を清掃し、2日間のあいだは誰もがこの墓に入ることが許されている。
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