デザインの仕事
2013 - 2017

航空会社の顧客体験設計

2012年、航空会社からカスタマージャーニーマップを作成したいという相談があった。顧客が自社のサービスを使うことでどのような体験をするか、自社としてどんな価値を感じてもらいたいかを整理し、社内の様々な部署と共有したいという。

カスタマージャーニーマップは、製品やサービスが提供する一連の体験を「旅=ジャーニー」として捉え、さまざまなユーザ体験の流れを整理して構造化した「地図」を作る。

体験というものは本来、ユーザやその時々の状況によって異なるもので、1つとして同じ体験はない。1人ひとりが異なる人生を生きているのと同じように、100人のユーザがそのサービスを100回使えば1万通りの体験が生まれる、それが「体験」というものである。そんな体験を、単純化し分かりやすく、しかも1枚の地図で表現するということ自体、本来的には体験というものの本質に逆行することになる。かといって、体験というものは人それぞれだ、で終わってしまって、物事を複雑なままにしてしまうと、サービスの開発や改善ができない。

例えば、出張慣れしているビジネスパーソンはこんな流れで飛行機に乗ることが多い、とか、子連れの旅行客が飛行機に乗るとこういうところで苦労する場合が多い、というように、たくさんのケースの中からパターンを見つけ出すことで、サービスの開発や改善が可能になる。ただ、あの人はスーツ姿だからきっとこうするに違いない、などとパターン化しすぎると、今度はサービスが画一的になってしまい、相手の状況に合っていないサービスが提供されてしまう。

航空会社からは、カスタマージャーニーマップを作成することで、1人ひとりに寄り添ったサービスを提供したい、という希望があったので、そうしたジレンマとどう向き合うか、ということが課題だなと感じていた。そこで私は、お客さんを「演じる」というアプローチでリサーチを進めることによって、この課題に向き合おうとした。

リサーチに携わる1人ひとりが自分のキャラクターを設定し、その人になりきって日帰り〜2泊3日の旅行体験をする。例えば、80歳のおばあさんが孫と遊ぶために1人で田舎から東京に遊びにくるという設定を作る。スマホが使えないので電話で航空面の予約を行い、当日は飛行機に乗り慣れていないので空港で迷ってしまい、膝が最近少し痛いのでゆっくりとしたスピードで歩く。そうやって実際の場所、実際の時間を使って演じてみることで「高齢者ってこういうパターンで飛行機に乗るよね」という先入観ではなく、実際に自分の目で体験して、何が起きたかを記録する。

相手の立場に立って考える、ということは、良いサービスを提供する上で欠かせない思考法である。だが実際はこれがものすごく難しい。家族や恋人同士でさえ、相手の立場に立って考えるということは難しいものだ。ところが演劇の仕事では、俳優がある役柄を演じる場合、その役柄の立場に立って考えなくてはならない。脚本を読み、極めて限定的な情報をヒントにして、この役柄はこれまでどんな人生を送ってきて、この時どんな行動をして、どのように話すのだろう、と考える。このプロジェクトはそんな俳優と同じように、航空会社の社員が顧客を演じることで、相手の立場に立って考えてみるという体験をして、その経験をもとにメンバーがサービス開発を考えることで、より柔軟なカスタマージャーニーマップができたのではないかと考えている。

現在、このカスタマージャーニーマップは社内の様々な部門で共有されていて、サービスを横断的に開発・改善する際の共通言語になっているという。またこのジャーニーマップの考え方をベースに、ウェブサイトから機内に至るまでの様々なツールのビジュアル表現を統一したり、新サービスの開発などのプロジェクトにもつながり、横断的なサービス開発が進んでいるようである。