デザインの仕事
2011

シニア向け新製品開発の 共創型プロジェクト

掃除機などのリサーチを行っていると、製品開発という目的のためにエスノグラフィという手法を用いてインタビューをしているのだが、結果として様々な人たちの人生の一部を垣間見ることになる。最初は、なぜその人がそういう掃除の仕方をすることになったのだろうという疑問が湧く。その答えを探すためにいくつかの質問をしていくと、その人の持つ理想の家のイメージ、母や妻としてのあるべき姿が見えてくる。さらにその価値観の源泉を遡っていくと対象者はやがて、幼少期の記憶や両親のことなどを語り始める。私はその人の人生のストーリーが気になりはじめて、やがて話は製品開発と関係のない事柄へと転じていく。

あるひとの人生を話に耳を傾け、人生の一部あるいは全体を分析対象とする手法を「ライフヒストリー分析」と呼ぶ。私は掃除機に関わる話だけでなく、もう少し時間をかけてじっくりある人の人生の話を聞きたいと思うようになった。ただ企業の研究開発部門で働いている以上、何かしらの研究開発に結びついていないと自分の稼働時間や開発費を使うことができない。研究開発の領域の1つに「生活者研究」という分野があり、市場の動向として今後はシニア向けのマーケティングが重要になるという話があったので、エスノグラフィの手法を用いてシニア世代のライフヒストリー分析を行うプロジェクトを同僚と一緒に立ち上げた。

会社を早期退職して新天地に移住したアクティブシニアから、子どもの教育と親の介護と仕事の三足のわらじで超多忙なシニアまで、様々な状況のシニアたちに会いにいった。屋久島に移住したシニアの方々がブログを頻繁に更新していて興味深かったので、彼らと連絡をとって屋久島に会いに行き、複数の夫婦を取材した。移住先で新たな人間関係を築き充実した生活を送っている方々もいたが、本格的な農場を構築しようとして無理のしすぎて怪我が多く、奥さんはそれを心配しているものの誰にも止められず、こちらも見ていて心配になってしまうような男性もいた。対象者の家に伺い、基本的には2日かけて幼少期から現在に至るまでの話を聞く。食事を出してくれたり、一緒に居酒屋に行って飲みにいくこともある。出会う前は赤の他人だったのに、別れ際には寂しさのあまり泣き出す人もいる。そうして各地のシニアに話を聞きに行き、収集したライフヒストリーを持ち帰って分析し「シニアの転機は45歳」という課題提起を中心としたプレスリリースを発表した。

企業の定年退職後にシニアライフの計画を立て始めると、実際に行動を起こすのは65-70歳になる。しかしもし45歳あたりから自分が将来どんな生活をしたいか考え始めれば、10年くらいかけて検討したとしても55歳くらいには行動を起こすことができる。そうすればシニアライフは10-15年長くなるので、何かに取り組もうとしたときに使える時間が長くなるし、何より体力に余裕があるうちに引越しや新たな活動への取り組みをスタートできるので、生活に余裕ができる。だから企業は45歳をターゲットに製品やサービスを開発すべきだよ、という考え方だった。

幸いなことにたくさんの問い合わせをもらうことができ、そのうち数社とは、ライフヒストリー分析を使った新製品開発のためのワークショップを提供することができた。またその中には、1年程度の時間をかけて、新商品の発売に至った企業もあった。

人生の話というのは1つとして同じものはない。その人は「私は平凡な人生を送ってきたから」というけれど、私にとってはどの話もドラマティックで、小説を1ページずつめくるような興奮があった。大袈裟に聞こえるかもしれないが、私は、ああこの仕事は飽きないなあ、ずっとできる仕事だな、と思った。きっと、家族や友人が相手なら、こんな風に、人生の話を2日で聞くことなんてできないだろう。他人だからこそ成り立つ「聞き手」と「語り手」の関係の面白さを存分に感じることができたプロジェクトだった。