魚草ワゴン
2020年春、上野アメ横の路上立ち飲み屋「魚草」で、Passage Tells: Ameyoko という作品を制作・展示したが、Covid-19の感染拡大でお店自体が休業し、作品も当初の展示期間の3分の2が過ぎたところで公開中止となってしまった。緊急事態宣言が解除されて店は営業を開始したものの、人が集って飲む場所を作ることに意義を感じてきた店主は、人と会って話すこと自体に感染リスクがあるという状況の中で、店を営業し続ける意味を見出せずにいた。私は、魚草は路上で営業する飲み屋だ、屋外で飲むなら室内よりもリスクが低い、もし魚草が営業できないというのならどこのお店も営業できないよ、などと言って彼の背中を押していた。
そんなある日、店を訪ねると、彼は持ち帰り用の日本酒の販売を検討していた。コロナ対策で店の席数は減らしているが、アメ横近辺は広い公園などもあるので、屋外で飲めばソーシャルディスタンスをもっと保てるはず。魚草で提供している刺身などは持ち帰りが難しいが、せめて日本酒だけでも小瓶で持ち帰って飲んでもらえたら、という。そんな彼とやり取りをするうちに、魚草は路上の飲み屋なんだから、こういう状況の中で、屋内ではなく路上や公園といった公共空間を活用するカルチャーをもっと広めていったらいいんじゃないかという話になり、魚草を出発して路上や公園で飲んで帰ってくるツアーのような体験ができないか、というアイデアが生まれた。
まず、路上で飲むためのツールとして、共通の友人である大貫仰くんに、路上で飲むための荷台の設計を依頼。下部には取り回しの良い車輪と刺身なども収納できる保冷ボックスを配置し、その上の段には食器棚、そして上部は開くとテーブルになるという仕様。大貫くんはドイツ在住のため、私は彼の設計図をもとに日本で什器の製作をしてもらえる会社を探して依頼。また魚草周辺を歩きながら路上で飲み歩くツアーの設計を行った。魚草のお店自体が公園や路上で営業するとなると営業許可が必要になるため、お酒とつまみはお客さんが魚草でテイクアウトし、店から路上飲みの荷台を借りて出かけるという形にした。この一連の活動を「道草」と名付けて、路上立ち飲みツアーの実験を始めた。
公園、地下道、歩道、商店街、様々な場所にしばし立ち止まって飲み始めると、街の風景や行き交う人の姿が、いつも通り過ぎる時よりもダイナミックに目に映り込む。街の風景を酒のつまみにして、爽やかな風に吹かれながら心地よい時間が流れる。日本各地で消えつつある屋台を思い出した。アジアの他の地域では今でも賑やかな屋台街があり、地元客だけでなく観光客も好んで訪れる。東京には屋台がもうほとんど残っていないが、上野アメ横は観光客の人気スポットになったことで、今でも路上営業が事実上認められている、いわば、東京の「最後の楽園」だ。
公共空間で人が集まり立ち飲みを飲み始めると、何が起きるのだろうか。何やってるの?私も参加できる?などと頻繁に声をかけられた上野公園、人目につくところで集まっているのにまるで誰もいないかのように無視され続ける中央通り沿いの歩道、5分以上経つと必ずといっていいほど警備員がやってくる駅の地下道。商店街では近隣の飲食店からのクレームが入ったこともあった。ただこの「道草」であれば、誰かの邪魔になりそうならすぐ移動できるし、立ち飲みだと酔いの状態が分かりやすいので、歩けなくなるほど飲みすぎるということにもなりにくい。ツアーガイドが立ち会うので通行客の迷惑になりにくい配慮も可能である。
コロナ禍での営業に苦心する商店街でも、路上を活用した新しい試みができないかということで、路上にテーブルなどを出してイベントや飲食営業を行う実験が始まり、道草もイベントに参加している。賑やかな街づくりという点でも、路上の有効活用が議題に乗り始めた。また2002年から公共空間でのピクニック権を主張して活動を行う東京ピクニッククラブのコンセプトも再び注目を浴びている。魚草ワゴンを使ってみたい方、路上飲みツアーを企画してみたい方は、はぜひお店か私までご連絡を。