fieldnotes
Seoul, Korea
6 Sep 2022
The Behaviour Project

電車に乗るというプロトコル

週末は、ソウル郊外の住宅街とショッピングセンターを見に行こうと思って、ホテルの最寄り駅から地下鉄に乗った。スマホでメッセージを見ていたのだが、ふと車内が騒がしいことに気づく。まわりを見渡すと、2人や3人で話している人たちが数組いて、その声が少し大きいようだ。携帯電話で話している人も2人いる。地下鉄の騒音で気づかなかっただけで最初からみんな話していたんだろう。週末のソウルの地下鉄は、日本と比べると少し賑やかな印象だった。

携帯電話の通話マナー

まず携帯電話での通話についてだが、電車やバスでの通話は禁止という日本のルール、これは世界各国を旅していても珍しいと思う。ロンドン留学中の経験だが、バスに乗っているあいだ、ずっと通話している人をよく見かけた。聞き馴染みのない言語で話していたので、おそらく家族や友だちと話しているのだろう。盛り上がって楽しそうにしていることもあれば、深刻な話をしてそうなときもある。どうしても時間がかかる通勤通学中に離れた家族や友人と話せるのだから、いい時間の使い方をしているなあと思うし、まわりの人たちも特に気にしている様子はない。そんな環境に慣れてから日本に戻ってくると、電車内では通話禁止で、車内で電話に出ようものなら周囲からの視線やプレッシャーを感じる。社会的なルールというものは、そこにいる人同士の折り合いによって決まっていくものであり、他国ではそうだから日本もそうすべき、という考え方は本来的ではないと思うし、ここで日本の携帯電話マナーの是非について議論するつもりはない。僕の関心事は、同じような人間が、同じような形の電車に乗っているのに、どうして「ふるまい」を規定するルールが違うのだろうことである。

これはあくまで感覚的なことなのだが、通話に限らず車内での話し声が日本に比べると平均的に大きいな、と感じたことも印象的だった。声の大きさはそもそも人によって個人差があると思うが、僕の視点から見ると、ソウルでは公共空間であってもお構いなし?にイキイキと話している人が多いように感じる。恋人同士も手をつないだり、身体を軽く叩いたり、髪を撫でたり、日本の感覚からするとプライベートなモードで会話をしている。なんというか、その人自身としてふるまっている感じがする。

他人の視線を感じる、周囲の状況に気配りする

日本で電車に乗っているとよく感じるのが他人の視線である。特に、海外から帰ってくると、電車などの公共空間で、たくさんの視線というか気配りのようなものを感じることがある。僕自身のことを振り返ってみても、まず電車に乗ると車内の状況を一瞬で見渡してどんな人がいるのかを軽く確認することが多い。そうやって見渡すと、相手も軽く見ているようで、こちらの動向をそれとなく確認されている気もする。誰かが乗ってきたときや降りたときなどは、席が空いていれば移ったり、立っている人同士の距離距離をとるために、絶妙な間隔補正をしているような気がする。ソウルの地下鉄では日本に比べて、そうやってまわりに目配りをしたり、視線を感じて動くというような緊張感がやや少ないのだろうと感じた。パーソナルスペースを確保したいという心理的現象はどの国でも少なからずあるのだろうが、周囲の状況を推測するというふるまいが、ソウルより東京では強いんだろうなという気もした。

僕は東京生まれの東京育ちで、田園都市線というベッドタウンを走る電車の沿線に家があったので、暗黙のうちに習得した「満員電車の作法」というものを共有したい。もしかしたら、日頃から満員電車に乗らない人にとってはちょっと分かりづらい感覚かもしれないので、少し細かくなるが説明する。

まず、満員電車に乗りたいときは、見た目的にもう乗れなそうなくらいの満員状態であってもドアから車内に体を滑り込ませ、体の側面や背中を使って、無言で少しずつ相手を押すのが礼儀とされている。「詰めてください」などと声を出すと雰囲気が少し張り詰めてストレスを感じてしまうので、あくまでも無言が好ましい。そうすると少しずつ詰めてくれて乗れるようになる。また混雑時に下車したいときも同様に、声を出すのではなく「そろそろ降ります」というような素振りを見せたり、前の人を軽く押したりすることで、降りる意思を周囲にそれとなく伝え、降させてもらえる状況を作ることが求められる。それでも降りられなさそうなときは、多少は人を押し退けるような形になってもよしとされている。また奥に少し空間が空いていて少しずつ詰めればより多くの客が乗れると判断したら、となりの人を無言で少し押すと、その人もそのとなりの人を少し押してくれるので、結果として車内全体にシグナルが伝わり、ギリギリまで車内に人が詰まっていく。満員電車に毎日乗る人はこのような作法を習得しているので、乗車率が250%くらいになっても比較的にスムーズに発車できる。このように常に周囲の状況を把握し、個々人がベストなふるまいをすることで、全体最適が図るのが最善とされている。

ちなみに東急電鉄の社員に聞いたのだが、田園都市線や東横線といった乗車率の高い路線の乗客は、こうした満員電車に乗る「技術」が格段に高いが、目黒線や池上線などの混雑率があまり高くない路線では、混雑してもうまく詰めて乗ることができないという。東京とソウルとロンドンという3都市でも電車内のふるまいは違うのだが、東京でも路線別にふるまいが異なるというわけである。

これは満員電車のケースだが、混雑していなかったとしても、東京で電車に乗るとこのような、周囲の状況を推測するという視線やふるまいがある程度、発生しているように感じる。ソウルでは、このような緊張感を東京ほど強く感じなかったし、ソウルの乗客たちを観察すると、人の視線を気にするというよりわりと自然体で電車に乗っている印象を受ける。

東京の話が長くなってしまったのでソウルに話を戻そう。スマートフォンで動画やメッセージをしている人が多いのは各国共通だが、ソウルの地下鉄でスマホユーザーを観察していると、笑ったりニヤニヤしたりしている人が比較的多い気がする。もし日本だったら、少し笑ってしまうようなことがあってもそれが顔に出るのを極力抑えるという人が多いんじゃないだろうか。

それから細かいふるまいについて感じた点をもう1つ。椅子に座ったり立っている姿勢が、人によって違うなぁということ。前屈みに座っていたり、足を組んでいたり、斜めに座っていたり、それぞれだなと感じた。東京の電車では姿勢のバラツキが少なく、整然と乗っている印象がある(ちなみに東京でも、金曜22時以降に電車になるとそのような整然さが一時的に失われ、雑多で人間的な感じになってくることがある)。

このあたりのふるまいから、人に見られる、ということをどのくらい気にしているか、それによって地下鉄という公共空間でのふるまいが少しずつ変わる様子を、垣間見た気がした(一方で、韓国人は見た目を気にする、という話も聞いたので、韓国メンバーの見解も後日聞きたいと思っている)。
ある企業の役員の方にこのリサーチの話をしたところ、日本では「言わなくても分かる」ことが一番良いとされているよね、という話になった。例えば日本企業では、上司に分からないことを直接質問するよりも、同僚や関係者から事前に情報を集めて上司が何を考えているかを察することの方が善いとされているという。また、考えたことを明確な言葉にして伝えるよりも、言葉にならなくても理解し合えたという感覚の方が善いとされる、といったことがあるという。

プロトコルを書き換える

彼は組織の責任者として、社員1人ひとりが主体性を持って働き、活発に議論して物事を決めていって欲しいという考えを持っていて、いま一緒に進めているプロジェクトでも、そういう状態を目指している。僕はそのためには「ミーティング・プロトコル」を変える必要があるんじゃないか、という話をした。プロトコルとは、国同士で外交を行うときの作法や儀礼を指す言葉で、IT業界ではコンピュータ同士が通信するときの規格を指す言葉としても使われる。つまり、ミーティングの参加者同士がどう「ふるまう」か、規格自体を決め直したらいいんじゃないかということだ。例えば「自分が考えていることを明確な言葉にして、参加者全員に共有する」というルールを作り、ミーティングの最後にどのくらい達成できたか確認し合う、というプロトコルを規定することで、ミーティングの進め方に変化が生じ、曖昧だったことを言葉にしようとする努力が生まれる、といったことだ。そうやって、人のふるまいをプロトコルとして分析し、自分たちがどうありたいか、という目標が設定できれば、それに向けてプロトコルを書き換えられるんじゃないか、と思った。

最後に、ソウルの地下鉄でのふるまいの気付きをもう2つ。

優先座席について

ソウルの地下鉄では、年配の方が乗ってくると、すぐに席を譲るというシーンを目にした。席を譲る側も躊躇なく立つし、譲られる側も躊躇なく座るので、席の交代が非常にスムーズな印象を受ける。日本のケースでは、年配の方が電車に乗ってくると、まず譲る側が、相手の見た目や動きをそれとなく観察しながら様子を見て、年齢を推測し、席を譲るべき相手かどうかを検討する。この確認作業に5〜10秒くらいかかる印象がある。その結果、席を譲るべきだと決断して声をかけると、年配の方は「いや大丈夫です」と2、3回は遠慮し、それでも譲りたいと申し出ると、それではお言葉に甘えて座らせていただきます、というような素振りを見せて座るか、あと数駅で降りますので大丈夫ですといって固辞する。ただし想定されるケースとして、自分は席を譲られるほど老けてみえているのかとショックを感じてしまう人がいたり、私は席を譲られるほど年寄りではないと怒る場合もあったりするので、席を譲る側としても慎重な判断が求められ、判断が難しいために席を譲ることを躊躇したり、判断が難しい妙齢?のお年寄りが乗ってくると見てみないフリをするケースもある。こういったふるまいについても、もっとよいプロトコルがあるといいのになあと思うし、もっと言えばその背後には、年上の人を敬うという儒教的な考え方が現代においてどのように変遷しているかという価値観の問題も背景にあるように思う(ちなみに上下関係のふるまいについては別の機会に考察したいと思っている)。

ちなみにソウルの地下鉄には各車両に妊婦用の優先席が用意されていて、多少混んでいても妊婦用の席は空けてあることが多いし、混雑時に座っている人がいても、他の席が空いたらすぐに移って、妊婦用の席を空けておくといった行動も見られた。

ドア脇のスペースについて

東京の場合、ドアの両脇に立つ人が多い。おそらく車内の7割くらいの席が埋まってきたときに、座らなくてもいいかなと感じた乗客が目指すのがドア脇のスペース。混雑時、ドア付近に立っている人は一度ホームに降りて、降車客が出やすいように道を開けるのだが、ドア脇に立っている場合はそれが免除されるという暗黙の了解もある。つまり、ドア脇は一番人の邪魔にならないスペースという位置付けがあるように思う。ソウルの地下鉄の乗客を見る限り、ドア脇のスペースに立つ人は東京よりも少ないように見られた。

こうした暗黙の了解のようなものが、都市によって違うことを目の当たりにすると、公共空間には、誰が決めたわけではないが少しずつ違う「プロトコル」があるんだと感じる。そして電車の乗り方は1つじゃないんだということを体感すると、電車でのふるまい方も様々なバリエーションがあって、もしかしたらプロトコルを書き換えられるんじゃないかという気もしてくる。

地下鉄を降りて向かう次の目的地は百貨店であった。百貨店にはさまざまな種類の店が入っていて、フロアや店ごとに異なるふるまいがあるだろうし、公共空間と違って私有地だから、企業やブランドの方針に基づいて独自に設計されたプロトコルがありそうだと思ったからだ。次回は百貨店での観察について書こうと思う。

The Behaviour Project

exploring since 2019

This work is a performance piece that gathers the "behaviour" of people living in the city of Tokyo, Shanghai, and Seoul, together with a total of six dancers from Japan, China, and Korea as a form of an art project. Behaviour is a natural act that anyone who lives in society performs everyday. It reflects the cultural and historical context of the region in which the person was born and raised, as well as the intended mind of how a person wants to be. In other words, it can be said that behaviour is a natural performance in everyday life...

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